1958-2018 ALL KOBE JAYCEES 60TH
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55周年記念事業に参加された植村 駿くん14歳(当時9歳)に感想を語っていただきました害の恐ろしさを目の当たりにしてしました。そして、阪神・淡路大震災で被災した当時を振り返り、震災復興の厳しい現実を痛感していたことは言うまでもありません。 松田理事長が感じた「震災復興の厳しい現実」とは、建物や経済の再建の厳しさだけでなく、震災が起きたことや震災で大きな被害を受けた人々のことが忘れ去られることでした。事実、震災発生当所は現地の現状や復興の様子がメディアで取り上げられていましたが、2013年頃には取り上げられる機会が極端に少なくなっていました。 このような流れの中、松田理事長が「被災を経験した神戸の子どもたちが被災地である気仙沼を訪れ、現地の子どもたちと交流して被災地を応援する思いを次世代に繋げたい。この取り組みを55周年記念事業としたい」と決意したことは自然なことでした。  決定直後から、松田理事長と神戸JCメンバーは、気仙沼JCに協力を仰ぎ、頻繁に現地に出向いて現地の調査と協力施設への挨拶をはじめ、一人でも多くの気仙沼の子どもたちに参加してもらいたいという思いで、気仙沼市教育委員会を通じ募集活動を行い、保護者説明会を開催しました。55周年推進委員会の橋本耕治委員長は、「準備の段階から、気仙沼JCのメンバーに助けていただきました。地域を越えた強い絆を感じ、JCは素晴らしい組織と改めて感じました」と当時を振り返ります。事に神戸に到着。松田理事長をはじめメンバー全員が胸をなで下ろしました。 同事業を振り返り、橋本委員長は「事業のプランニングから実施まで、すべてゼロベースから取り組み、メンバーの事業の遂行能力が養われたと感じます。また、担当委員会以外の多くのJCメンバーにも多大な協力得て成し遂げた事業でした。この事業は神戸JCだからこそできた事業ではないかと思い、この貴重な経験をさせていただいた神戸JCという組織に感謝の気持ちがこみ上げてきました。帰途に就く私たちが乗ったフェリーを、気仙沼の子どもたちが追いかけて来るのを見て、新入会メンバーが目に涙を浮かべて『素晴らしい体験をさせていただいた』と言うのを見て、私も感無量でした」と語ります。 また、松田理事長も「一泊二日の短い時間でしたが、子どもたちはもちろん、大人もとても充実した時間を過ごしました。気仙沼と神戸の子どもたちのこの出会いが5年、10年、その後も続いていくことを心から願ったことを昨日のことにように覚えています」と語ります。松田理事長と橋本委員長が願った通り、参加した子どもたちは今なお交流し、友情を深めています。お父さんから誘われて、気仙沼がどのような状況になっているのか自分の目で確かめたいと思い、参加しました。心に残っているのは、気仙沼のお友達と楽しく過ごしたことと、津波で打ち上げられた船を目の当たりにしたことです。写真で見るのとまったく違い、こんなに大きな船でも打ち上げられてしまうのだなと思い、津波は恐ろしいと感じました。僕自身は、阪神・淡路大震災を経験していませんが、地震などの災害に備えることは大切と思いました。また、このときに出会った気仙沼のお友達とは、今でも友情を育んでいます。これからも連絡を取りあって、いつかまた再会したいと思っています。48

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